おれの生まれ故郷は
日本列島の相当北の方
---とだけ言っておこう
海はあるけど泳げる夏は短すぎるし
道が凍ればバイクだって飛ばせないし
でゆーか寒くてコタツから出る気しないし
このままじゃおれの青春地味になる
何かしなくちゃ 何とかしなくちゃ
おれは地味なのが大っ嫌いなのにっ!
おれが中2の時バンドを始めたのは
ただそれだけの理由だったんだ
---最初はね
2年4組
一ノ瀬 巧!
当時 うちの中学で
タクミに逆らうやつは いなかった
キレるとバット振り回して暴れるからだ
野球部でもないのに
藤枝
おまえ バンドやらない?
一ノ瀬のようなエネルギーを持て余してるやつは
むやみに押さえつけるより
何か打ち込める物を与えて発散させてやった方が
校内の平和が保てるかもしれませんよ
当時ヤスは学校一の秀才で
教師からも生徒からも絶大な信頼を集めていた
でも おれは口をきいた事もなかったし
その妙に大人びた完璧っぷりが
タクミと違う意味でなんだか怖かった
だけど それにはそれなりの理由があったんだ
むろん おれがその事をヤスから聞いて知ったのはわりと最近の事だけど
こら蓮
人の部屋で煙草吸うな
おふくろにバレたら心配するだろ
養子は一人いりゃ充分だろ?
これ以上欲張るなよ
ミヅエ
ヤスが中2の時
バンドを始めたのは
優等生の仮面を脱ぎ捨てたかったからなのか
単にドラムが叩いてみたかったからなのか
何か もっと
ややこしい感情が色々絡み合ってる気もするんだけど
仮面を脱いでも
結局サングラスで無表情を装うヤスの考えてる事は
今も さっぱり分からない
レイラは当時から学校一の美少女で
レイラにときめかないヤローはいなかったと思う
モチロンおれも その一人だったんだけど
おれはレイラはタクミの女だと勘違いしていて
とても手出しなど出来なかった
小さい事で騒ぐなよ
当時のタクミの口ぐせだった
たぶん あの頃から
すでにタクミの頭の中には
おれの脳みそには入りきらないような
壮大なプロジェクトがあったんだ
タクミといい
レイラといい
ヤスといい
レンといい
おれの周りにはなんであんなに天才みたいなやつがいっぱいいるんだ
なんか おれ一人場違いな人かもしんない
タクミのおふくろさんが亡くなったそうだ
今夜お通夜があるけど出れるか?
おれはタクミの涙を今まで一度も見た事がない
母親の通夜の席でもタクミは泣いていなかった
それどころか
やけに りりしい表情で背筋を伸ばし
弔問客の一人一人に頭を下げていた
臨月を迎える姉夫婦とタクミの間に
何の違和感もなくレイラが座っていた
タクミに甘えるように寄り添うレイラが
タクミの腕を支えているように見えた
タクミはレイラの前でなら涙を流せるかもしれない
そんな気がして少しホッとした
レイラの歌声の魅力を最大限まで引き出す音が作れるのは
このおれしかいないんだよ
誰にも文句は言わせねえ
タクミが中2の時
バンドを始めたのは
イラ立ちを発散させたかったからなのか
単に女にモテたかったからなのか
血の繋がらないレイラを繋ぎ止めておく為の
作戦だったんじゃないかって気もするんだけど
なんにしてもおれ達は みんな
音楽を好きだと言う共通項で繋がっている
レイラが高校卒業したら上京するぞ
東京進出だ
行くなって言っても行くんだろ?
人の気持ちを勝手に読まないで!
二人が別れた本当の理由は
今も聞き出せずにいる
次の春 レイラの卒業と同時におれ達は上京し
ひたすら走り続けた2年後にメジャーデビューを決め
レンを迎え入れての歴代最強メンバーとなり
デビューシングルが いきなりチャートの上位に入り
あっという間にミリオンアーティストとなった
デビュー3年目の今も
ただ ひたすら走り続けている
ただ走る速度が速すぎて
周りの景色が よく見えないから
時々 自分の居所が分からなくて不安になるよ
だけど立ち止まるわけにはいかないんだ
タクミのプロジェクトの全貌を
みんなにも見せてあげたいからね
バンドを始めていつの間にか10年が過ぎて
今は お金もあるし
望めば何でも容易く手に入ってしまうから
贅沢だけど どこか虚しいよ
だから むしろ本物の愛がひとつだけあれば
それでいいって思うんだ
でも人は嘘をつく生き物だから
真実を見極めるのは難しいね
たとえ偽物だと見抜けなくても
信じて大切にすれば愛は生まれるのかな
君は どう思う?
ナオキの話なのに、ナオキよりもタクミ、レイラ、ヤスの話が多くなっているのは、
今のトラネスになるまでの数多くの歴史が、彼らなしには語れないからだよね。
タクミが描いた壮大なプロジェクト。
口だけでは終わらないであろう信念の強さを感じるから、
どんなにタクミが乱暴者でもそれに乗っかりたくなる。
いろんな意味でみんなの人生を変えたタクミってやっぱり半端ない…