おれの生まれ故郷の話なんて
聞かない方がいいと思うんだけど
出番が来たので語ります
覚悟はいい?
歌うように話す女だと思った
ハジメマシテー
セリザワLAYLAでーす
うちの向かいに並ぶ
似たような外観の建売りの住宅の一棟に
明らかに異質な外観の少女が引っ越して来た事は
近所ではちょっとした事件だった
そんな田舎町に帰国子女の為の学校なんか当然なく
激しく浮きまくりのレイラは
お決まりの差別用語で理不尽な迫害を受けた
ありがとー タクミ
ダイスキ
つーか おまえさー
いじめられたからって泣くなよ
レイラは何も悪くないのに泣いたら負けだぞ
そんなのくやしいだろ?
言ってる意味 分かる?
チッと分かるー
「ちょっと分かる」
おれ達はお国の言葉を教え合いながら子供時代を過ごした
何かを習得して行く感覚がおもしろくて
おれはレイラとばかり遊んでいた
他に楽しいと思える事はひとつもなかったし
レイラは子供の頃から歌うのが好きだった
おれは それを聞くのが好きだった
レイラの澄んだ歌声は
おれを取り巻く不穏な空気を一時でも一掃してくれた
病で弱って行く母親への不安とか
酒に溺れて行く親父への不信とか
おかげでグレて行く姉貴への不満とか
おれは今でもカップラーメンが嫌い
あれを食う位なら自分で作る
もしも 天使が本当にいたとしたら
きっとこんな声で歌うんだろうな
きっとこんな顔で笑うんだ
上手だね
レイラは歌手になれるよ
なりたーい
なれるよ
TAKUMI
I LOVE YOU
レイラ
もう おれにキスしたりすんな
もう中学生なんだから
なんで中学生だといけないのー?
そーゆー事はこれからは彼氏としろ
彼氏とだけ
そーゆーものなの
じゃーレイラ
タクミの彼女になる
ダーメ
おれ彼女いるし
レイラはかわいいから
中学行きゃ彼氏ぐらい すぐ出来るよ
ねえ 知ってた?
レイラちゃん 芸能界に入るんだって!
芸能界って…
こんな田舎にそんな世界はねえぞ?
だいたいレイラはまだ子供なのに
一人で勝手にどこ行く気だよ
断固阻止!
おれにしか出来ない事
レイラの歌の良さは誰より おれが一番分かってるんだ
レイラの歌う曲は全部おれが作る
他のやつになんか任せらんねえ
その時おれの頭の中には
すでに今のレイラの姿があった
ゴージャスな衣装に身を包んで 高らかにロックを歌いあげる
唯一無二の歌姫
その頃すでに
もう先は長くないだろうと言われていたおふくろが
俺が高3の夏まで生き延びれたのは
レイラのおかげだと密かに思っている
レイラの歌声は人の心に希望を与える
そんな力があるから
あたし タクミと同じ高校受ける事にしたー
何よ その顔…
別に来てもいーけど学校では あんまり話しかけないでねー
彼女がやきもちやくし
タクミ
タクミにとってあたしは何?
誰だ こいつ
いつからこんな大人びた口きくようになったんだ
ついこないだまで あどけない顔してたのに
あれから何年経ったんだっけ
思ってた通り 綺麗な女になったな
きっともっと綺麗になる
気がつくと レイラがすっかり恋する瞳でハゲを見ていた
こんなサラ金まがいの悪党のどこがいーんだよ!
こいつはバンギャルともデキてんだ!
と ぶちまけたかったけどやめた
それより 早くその場を立ち去りたかった
見たくないものを見せつけられた気がして
苛立ちが募った
レイラがハゲとチューしたって
おれの青春は終わったよ
せつない? タクミ
いえ せーせーしました
もう鳥かごの中で鳴くのは嫌
タクミの幻想を今すぐぶち壊してよ
もう あいつの話はするな
あの頃 青春のど真ん中で
意味の分からない苛立ちが沢山あった
今ならちょっと分かるけど
決して
レイラは おれの聖域だった
この薄汚れた浮世の中に ひとつ位そんな場所が欲しかったんだ
あれから何年経っただろう
夢は叶う程に
全てが只の現実と化して煌きを失くして行く
夢を見せる仕事なのに皮肉だよ
だけど今 街に流れるレイラの歌声を耳にして
救われてるやつが きっと何処かにいる
だからどうか歌い続けてくれ
願わくば おれの傍で
タクミにとってレイラは空っぽの心を救ってくれた天使。
父親を殺したいと思うほど、すさんでいた日々に光をくれた唯一の存在。
自分の傍でずっと歌っていて欲しいとは思うけど、男と女の関係にはなれない。
汚せない聖域か…
そんな複雑な感情を誰が理解できるだろう。難しすぎる。