忘却に身をゆだねた男がいた。そうしなければ、彼は壊れていただろうから。 大切なものを奪われた悲しみと、それを奪った者への憎しみが両輪となって、彼の心を破滅の淵にまで運んでしまっただろうから。 しかし彼に残った正気は、幸せな記憶の中に残る欠落を見過ごせなかった。 私が見つけだした日記は、男にすべての過去と感情を甦らせた。 そのうえで魂を解放させた男の選択を、私は忘れない。